ヴィクトリアン・ローズ・テーラー / 青木祐子
恋のドレスとつぼみの淑女
19世紀のイギリス。ロンドンの片隅にある仕立て屋「薔薇色(ローズ・カラーズ)」の女主人のクリスは16歳。着る人の魅力を引き立てるために作ったドレスが、いつしか恋をかなえるドレスとして評判になっていた。
そんなある日、突然あらわれた若い貴族の男が妹のドレスを作るよう迫ってきて……
「浅木原書店の日誌」の「新シリーズ・単発作品評価調査/2006年1月」で紹介されていたので読んでみました。
穏やかな展開なので地味ではありますが、物語全体があたたかく優しい雰囲気に包まれているので読んでいて気持ちがいい。これがいわゆる少女小説なんでしょうか。あまり読んだ事が無いのではっきりとは言えませんが、いい感じ。
ところどころ引っかかったり、ちょっと物足りない感じもあるんですが、気持ちよく浸れる雰囲気なので、続編が出るなら読んでみたいかな。
恋のドレスは開幕のベルを鳴らして
買い付けのために訪れたイヴシャムで、ひょんなことから出会った女優マーガレットの相手役を迫られたパメラ。ついでのように衣装を依頼されるクリス。
相手役はともかく衣装を受けることは「薔薇色」の宣伝にもなると考え、引き受けることにしたが、そこで闇のドレスの気配を感じ……
再起をかける女優さんの衣装を作るという設定は、どんぴしゃりといった感じ。
「闇のドレス」を匂わしながら、すべてが怪しいという展開もかなりよかった。
地味な印象があった前作でしたが、うまく山場を持ってきてくれて面白い。
まあ、例の悪役を追い詰めたあたりが、ちょっとあっさりしすぎて物足りなかったですが……
シャーロックとクリスはお互いが意識しあうようになったけれど、身分の差というものを感じて……という微妙な恋の行方がなんかいいですね。進展はないけれど、最後の手の場面とかいい感じ。
このまま少しずつ進んでいってほしいなあ。
恋のドレスと薔薇のデビュタント
親に決められた結婚。我が家が生活していくには、かの家の財産に頼るしかない。わかっていても憂鬱になる毎日。
そんなある日、医師であるイアンから「ドレスでも仕立てれば気分転換になるかも」と、恋がかなう「薔薇色」を紹介された。
恋と言う言葉を聞いたとき、かつて自分の心を占めていた恋心が浮かび上がってくるのを感じたファニーは「薔薇色」へ向かったが……
箱入りだったお嬢様が、そこから抜け出そうともがく展開はいいんですが、ファニー・ケネスの両者は浅慮なことばかりやってるせいか、感情移入しにくかった。魅力的な人たちであることには間違いないんだけどなあ。
まあ、僕の中ではこのふたりは中心でありながらおまけみたいなものです。何といっても今回の見所は、心を占めている人がいるということに気づき始めていく、クリスとシャーロックでしょう。もどかしいまでに進まない二人の中ですが、少しずつ自覚していく心は、まるで雪解けの水のよう。幼いまでの純粋さに美しさを感じますね。
闇のドレスなんてどうでもいいと思ってしまうぐらい素敵な雰囲気に酔いしれました。
いや、むろん、途中で提示された「母」の話は気になるんですけど、あのラストを見せられたからには、これからふたりの仲はどうなっていくのかが気になってしかたありません。
そうそう。いつも思いますが、今回もパメラがかっこよすぎます。
番外編でもいいから、一度パメラの物語を読んでみたいですね。
カントリー・ハウスは恋のドレスで
カントリー・ハウスに住み込みで、ドレスを作ってほしい―モアティエ公爵からの注文にクリスはうなずいた。あの人はこの町にいないのだ。でも「薔薇色」にいたら、自分は彼を待ってしまうのがわかっていたから。
やがてカントリー・ハウスに到着したクリスたちは、モアティエ公爵の娘、アップルに会った。少女といっていい年齢の彼女は、ドレスに興味がないと言い出し、採寸すらさせてくれず……。
あまり町を離れた気がしないのは、部屋にこもりっきりだからかな。せっかく他の所にいったのだから、どうせならシャーロックとデートでも、ってそう簡単に行く二人なら苦労はないですね。
ちょっとしたことで落ち込んだり、ちょっとしたことで心が浮き立つ。まさに恋というほかないんですけど、お互いを意識しながらも、いや逆に意識してしまったからこそ二人の仲が進まない、心に想うだけで精一杯というもどかしさがたまらなくいいです。
今回なんと言っても良かったのは、シャーロックの姪っ子、フリルですね。舌足らずな話し方をするかわいさを持ちながら、伯爵令嬢としての知略を身につけているその素晴らしさに感動ものです。何よりその考え方、そして態度は淑女といっても過言ではないでしょう。そばにいたらシャーロックを、幾度となくニヤニヤと笑ってやったことでしょう。わずか九歳にして……恐るべし。
このシリーズはいつもイラストがとても素敵なんですが、今回もすごかった。採寸時のアップルには思わず気高さを感じましたし、珍しくドレスを着るクリスなんて可愛すぎてどうしようかと。いや、どうもしませんけど。
相変わらずアイリスが何をしたいのかわかりませんが(それにしてもいろんな神出鬼没だな)、闇のドレスについて、少しクリスが目を向けさせてないのかなと思ったり。ってことは、クリスの心を開くための準備期間なのかもしれない。
クリスも薄々ながら気づいていることがありますが、まあ、そっちはともかくとして、パメラにもちょっとした春があるみたいですし、今後「薔薇色」での恋の物語はまだまだ楽しいことが起こりそうですね。
恋のドレスは明日への切符
貴族の娘にかかわれば、また闇のドレスを持ったアイリスが現れるかもしれない。そう思ったクリスは、今後貴族からの注文は断る決意をしていた。
そんなある日、貴族ではなく、鉄道王として名を馳せているソールズベリー家の娘がドレスをほしいと言ってきた。お金持ちの娘らしいわがままさを持つものの、秘密の恋もしているというパトリシアの頼みを、クリスは引き受けることにしたが……
鉄道王の娘パトリシアに、没落した貴族の娘のイヴリンが付き添い人としてついていて、ふたりが同じ男を好いている。そんな人たちが、恋のドレスの仕立屋「薔薇色」を訪れたというお話です。
同じ屋根の下での秘密の恋なんて、危なっかしくて見てられないんですが、弱いところに付け込んでくるアイリスの巧みさが素晴らしい。今回は女性が二人いたので、闇のドレスは誰の手の元にあるのかというドキドキ感がありました。うまいなあ。
それにしても、恋をしたらドレスを作れないと思いつつ、ただ思うだけならと言い聞かせて、シャーロックのことを考えるクリスのいじらしさったらないですね。それほどまでに、恋することにたいして臆病なのは、やはり母親のことがあるからなんでしょうね。
今まで母親のリンダについては、大まかなことしか明かされていませんでしたが、かつてのリンダを知っていた人が出てきたことから、少しずつ見えてくるものがありました。今まで何も言わなかったクリスですが、知らないのではなく、口を閉ざしていただけのようですね。
シャーロックすら知らないことは、まだまだあるようですが、これはむしろクリスにとっての闇なのではないかと思ってしまいました。もしそうなら、シャーロックには絶対に知られたくないだろうなあ。おそらくシャーロックは自分の気持ちを確認したと思いますが、身分という高き壁に加えて、クリスに負い目のようなものがあったら、縮こまってしまう可能性があるだけに、二人の仲はまだまだ進展しなさそうな気がします。
後半は怒涛の展開で、一気読みさせられました。ああ、よかったと胸を撫で下ろしたものの、これでひと段落というより、さらに大きなことが待ち構えてそうな感じですね。まさか、まだいたとは思わなかった。これはちょっとクリスにとって辛いことになりそうですが、乗り越えてほしいと思います。
個人的にはパメラの過去も気になるんですが、はたしてあの話をどうするんでしょう。さすがにクリスのことがあるしなあ。う〜ん。
続きが気になりますね。
恋のドレスと硝子のドールハウス
シャーロックからの手紙に、クリスの心が踊っていたとき、「薔薇色」を訪れてきたのは、少年だった。美しく、やや華奢なエドは、姉であるシャロンのドレスを作ってほしいという。恋の道具のために。
エドのわがままな態度に戸惑うクリスだが、まずはシャロンと会ってみようとお屋敷を訪れたが、そこでシャロンとエドに明かされた話は、さらに戸惑うことで……
シャーロックからの手紙ひとつで、高揚するクリスを見ていると、たまらなくニヤニヤしてしまいます。引っ込み思案のクリスが、自分から動くぐらいですから、身分の違いとか気にしているけれど、本気なんだなあ。
シャーロックもシャーロックで、身分のことやら将来のことやら気にして動けなくなってるところとか、クリストは似てないようで似たもの同士で、あー、もどかしい!ふたりがどんな感情を持っているかなんていうのは、表紙のイラストとか見たら、わかりますよね!!
っていうか、周囲の人で気づいていない人はいないでしょうね。九歳のフリルに心の内をあっさり見透かされるあたりが笑えます。
今回は美しき少女シャロンのドレスを作りにいくお話ですが、姉にそっくりな少年エドが何とも嫌らしい。自分の思うとおりにならないことが我慢ならない癇癪もちで、クリスとシャーロックの邪魔ばかりするあたりは、当事者でもないのに、この邪魔者め!と思ってしまいました。
せっかくクリスがいい感じに笑ってくれるようになっただけに、シャーロックの気持ちがわかるなあ。
籠に囲われていたシャロンが表の世界を楽しめるようになったあたりから、不穏な空気が流れてきたんですが、こんなところで闇のドレスが関わってくるとは思わなかった。それもかなり以前からだなんて。
数年前の事故が、実は誰かが引き起こしたものではないかという疑いが生まれてからは、誰の発言が本当で、誰の発言が嘘かという展開に惹きこまれました。ミステリアスな雰囲気は、たまらないものがあります。
どんな人でも闇を抱えている以上、闇のドレスは力を発揮するというところには、ゾクゾクさせられましたが、それにしても、最後のユベールの言葉は驚きました。仕立てる人の感情しだいで、恋にも闇にもなるのだというのであれば、たしかにその可能性はありますね。
このあたりは、はたして本当なのかどうなのか。あるいは、まだまだクリスが隠していることはあるみたいですが、そのあたりを知らないまま、あるいは知っていて、動き出すシャーロックとの間がどうなるのか、気になります。
恋のドレスと運命の輪
婚約の挨拶に行くので、婚約者のサーシアにドレスを仕立てて欲しい。アメリカ人の機械工ラリーの依頼を引き受けたクリスだが、予定が早まったということで、クリスは彼らと共に車で旅をしながらドレスを作ることになった。一台の車に乗れるのは二人なのにどうするのかと思っていたら、このあたりで車を持っているシャーロックが呼ばれて……
どこか影を背負うサーシアのドレスを作るために、クリスが車の旅をするお話です。
陽気で大雑把でなラリーは、このお話の雰囲気からすると浮いてる感じがしないでもないですが、どこか憎めないキャラクタでしたね。クリスはともかくとして、シャーロックをひっぱり込んでくるとは思いませんでした。行動力ってのは侮れないもんです。
婚約者のサーシアはおとなしい印象がありましたが、振り回し気味なラリーをさりげなく支えてて、ああ、なんかお似合いだなあと思いましたね。
それだけに、過去に囚われてる感じのところには意外な思いがしたんですが、栗栖の言葉を聴いて、ああ、なるほどそうだったのかと納得。あれだけの情報から、よくぞあの結論にたどり着けたもんだと感心してしまいます。何気にクリスは名探偵だよなあ。心まで知るからこその恋のドレスってことですね。
まあ、ぶっちゃけ、ラリーとサーシアのの話よりも、シャーロックとクリスの身分違いの恋物語のほうが引き込まれますが。
手が届くことはないけれど想うだけならというクリスと、気になっているのに貴族としてのしがらみにしばられるシャーロックの様子に、あーもう!と、何度言いたくなったことか。住む世界が違うことを忘れそうになるほど、思いあっているだけに、もどかしくて、もどかしくて、たまりません。
旅行のシーンで面白かったのは、人を気遣うサーシアがクリスの面倒を見てくれてしまうおかげで、相手をすることができなくなったシャーロックの拗ねっぷりですね。その後も、クリスが散歩してるのを見かけたら、慌てて追いかけて、さも偶然出会ったような振りをするなんて、普段は冷静な人だけに、やっぱり恋してるんだなあと思わせてくれますね。
そして何より一番印象的だったのは、トラブルのせいで、小さな宿とも言えないところに、二人だけで泊まる事になったときのやり取りです。酔った勢いかもしれませんが、思わず言ってしまった一言と、それに返した一言は、きっとお互いの胸の中に刻まれたことでしょう。イラストと共に、切り取って胸にしまっておきたくなりました。次の日のシャーロックの言葉もまた素敵でしたね。
頭を冷やすのか、手を伸ばすのか。今後のシャーロックの行動が気になるところです。
今回はゲストというか、ドレスを頼んでくる人たちの影がちょっと薄かったですが、いつもどおり、面白かったですね。そろそろ、何か動きがありそうだなあと思ってたら、次は短編集だとか。ちょっと拍子抜けな気分になりましたが、パメラが主役の物語もあるんですとな!?
むしろ本編よりも楽しみかもしれないなんて思う僕はパメラ大好きっ子です。はい。
あなたに眠る花の香
「『薔薇色』のドレスで恋がかなうというのは間違いなんです。恋をしている方のお手伝いはできても、していない方に恋心をさしあげるわけには―」
「そんなの当たり前じゃない。恋はちゃんとしていてよ」
「なんですって?いったい、誰と」
「すてきな、あの方―あたしのおにいさま。いとこのシャーロック・ハニクールさまよ」
というリボンを愛する小さな淑女フリルと『薔薇色』の二人の出会いを描いた「恋のドレスとプリンセス・リボン」、失恋を繰り返しては詩人に恋愛指南を受ける力持ちな乙女の「黄色い花の法則」、舞台役者に熱烈に恋するエルと振り回される周囲の人たちの「さびしがりやの王子」、毎月同じ日に同じ行動を取ってる男の人が実は幻かもしれないと思いつめたダイアナの「あなたに眠る花の香」、娼館の下働きをしていたパメラとクリスが始めて出会った「扉をあけるマリア」の五編からなる短編集です。
いやあ、すばらしい。どの短編も『薔薇色』にドレスを頼みに来た人の恋を中心にしつつ、クリスとシャーロックのつかず離れずな絶妙の距離感を持ったやり取りも忘れないんですから、読んでてたまらなく恋したくなります。短編でこんなに魅せられるとは思いませんでしたよ。
うれしいのは、僕の大好きなリルとパメラが、とても目立ってたことですね。初っ端の短編で、恋敵であるはずのクリスに塩を送るリルの淑女っぷりにしびれました。クリスの思いに心を許したということもあるんでしょうけれども、シャーロックの気持ちにも気づいたからこその行動でしょう。間違いなくクリスよりも、シャーロックよりも大人ですね。彼女が成長したら、どんな素敵なレディになるか楽しみ。
パメラは要所要所で、クリスに対してシャーロックを意識させる言葉を投げかける縁の下的なものを見せてくれてましたが、「さびしがりやの王子」ではイアンといい雰囲気になってて、ああ、うらやましい。さすがのパメラも、突然の**には、ああなってしまうのか、という場面も面白かったですね。
明るく魅力的なパメラですが、『薔薇色』に来る前はどんな生活をしていたかということが記される「扉をあけるマリア」は、他の四編とは毛色の異なるシリアスな話でした。生みの親の顔すら知らず、顔立ちの綺麗さから娼館に連れて行かれ、客を取らせると言われたときに、クリスと出会えたのは、まさに神の導きとしか言いようがないですよね。よかった。パメラがクリスと出会えてよかったと、心から思いました。
いやあ、素晴らしかったです。主要人物の物語もさることながら、ゲストの人たちの恋も素敵でした。ゲストの話で一番好きなのは、表題作「あなたに眠る花の香」かな。「小さな小さな少女が、青年に恋をしました」という段落には、思わずグッとさせられましたよ。切なくも、温かくなるお話に大満足させられました。たぶん、このシリーズって、長編よりもこのぐらいの長さのお話のほうが合ってるんじゃないかなあ。
といいつつ、長編も楽しみですけどね。今後クリスとシャーロックの距離がどうなっていくのか楽しみです。
恋のドレスと大いなる賭け
名門オルソープ伯爵家から、令嬢であるアディルのドレスを作ってほしいという依頼が、「薔薇色」へと舞い込んだ。写真を見ただけでもその美しさは際立っていたが、実際に会ってみると、さらに美しさを感じた。彼女はどんな恋をするのだろうと思いながら、ドレスを仕立て始めたクリスだが、ある日、アディルの口から思いがけない言葉を聞いてしまった。結婚に最高の条件の人を振り向かせたいのだと。しかも、その相手が、シャーロック・ハニクールだと……
シャーロックへの思いを自覚し始めたクリスの元に、名門貴族の美しき令嬢アディルが、シャーロックを振り向かせるためのドレスを依頼してきて……というお話。
パメラにシャーロックのことを言われて「べ、別にシャーロックのことを考えていたわけじゃ……」みたいなやり取りを見せてくれるクリスがすっごいかわいい。
そんな具合に、好きという気持ちを自覚して、その気持ちを持っているだけで十分と思いながら、でも会いたいと思う気持ちが抑えられないことに戸惑うクリスが見れましたね。ドレスを作るときには、採寸と会話で相手の心を捉えていく手腕をもっているのに、自分の気持ちは捉えられない。それが恋なんだろうなあ。
はじめはアディルの恋を応援しようという気持ちが見えていたのに、相手がシャーロックと知ってからは冷静になれなくなる姿には、クリスには幸せになってほしいだけに、心が痛くなるものがありました。
一方のシャーロックは、社交界の場に出ても、アディルが目の前にしても、頭の中はクリスのことだらけで、こいつめこいつめとニヤニヤさせられてしまいましたが、クリスに対して思いを言葉にしないから、クリスからの信頼度が低いんだろうなあ。アディルの存在を知ったクリスが閉じこもったとき、怒る姿は、なんか駄々っ子っぽかったです。まあ、クールで売ってる男が、クールでいられなくなるぐらいクリスに振り回されてるんだなと思うと可愛いですけど。
怒ってクリスの元から離れたとき、もし後ろを振り返ってクリスの表情を見ていたら、絶対に帰れなかっただろうなあと、167ページのイラストを見て思いました。
二人とも相手を思う気持ちが強くなってきてるのに、目の前に立ちはだかる身分の壁の高さを十分理解してしまうから、一歩二歩下がってしまうんですよね。遊びじゃないからこそ、きついお話だと思いました。
そんなふたりとは裏腹に、いい感じになってきているのが、パメラとイアンでした。素朴ながら誠実な態度で、言葉をつむぐ姿は、パメラじゃなくとも、惚れてしまうんじゃないでしょうか。ちょっとぐらい抜けてても、側にいてホッとできる人って、いいですよね。生まれのことなんて気にしなければいいのにと思いたくなりますが、やはり気になるものですよね。イアンなら受け止めてくれると思いますが、さてさて。
アディルがシャーロックを気にするようになったのは、どちらかといったら手に入らないものに対する意地のような気がしますが、それでも気にかけ続けていれば、いずれは本気になるかもしれないし、「恋のドレス」を持ち出してきて、それに目を引かれたシャーロックを見てしまったら、頑張ってしまうかもしれない。っていうか、シャーロックを振り向かせるためだったら「闇のドレス」にも手を出すんじゃないかと不安にも思います。
シャーロックが見ているのは、アディルというよりは、クリスの作ったアディルのドレスだと思いますが、シャーロックとアディルの姿を見てしまったクリスからしたらそんなのわからないだろうから……。
ああ、切ない。まさか、これほど切ない展開が待ち受けてるなんて。なまじ、クリスがシャーロックと会うために、勇気を出したあとだけに、無残に散った約束が胸に痛くなります。
しかも、この状態で、あの人に出会ってしまったは、やばい気がする。恋のドレスと闇のドレスって、ある意味、ちょっとした違いで作ることができる気がするので、アディルに対して、クリスが今までのように接していけるのか気になるところ。
頼むからシャーロック。クリスを守ってあげてくれ。
恋のドレスと秘密の鍵
モアティエ公爵家からドレスを仕立ててほしい依頼があるという。以前、アップルという少女のドレスを仕立てる仕事を請けたことがあり、また彼女に会えるならと請け負ってみたら、なんとアップルの姉コーネリアのドレスを仕立ててほしいとのことだった。だが、コーネリアには、どこか悪意を感じられるところがあり、お断りしようかと思ったら、彼女の口から闇のドレスの話が飛び出してきて……。
仕立て屋と公爵家の御曹司の身分違いの恋を描いたお話の第十弾。今回は闇のドレス方面の話が、ちょっと動き出してきた……かな。
相変わらず、二人の関係が進まないけど、パメラやユベールに強く出られて、俺だって頑張ってるんだよ、みたいなシャーロックが、だんだんと情けなく見えてきた。クリスを大事に思う気持ちはわかるけど、もっと前面に出そうよ、シャーロックと思いながら、普段はお澄まし状態なシャーリーが、拗ねてるってだけで、ニヤついてしまう。
クリスはクリスで、一歩も二歩も引きつつ、それでも諦めきれない思いに揺れてて、アディルの話を聞いたら、ふらついちゃうところとか、ほんと心が痛い。雨の中、囁きあったシーンは……。ああ、切ない。
一方、シャーロックの友人たるビアードとコーネリアの恋物語は、意外な方面に動きましたね。個人的にはこのふたりはすんなりいくと思ってたので、こんなドロドロするとは思わなかった。プライドから何もいえないコーネリアの思いが切なくて切なくて。思わず闇のドレスを探し求める気持ちがよくわかる……と思ってたら、そういうことだったとは思わなかった。善意の押し付けからくる悪意こそが一番怖いかもしれない。
あのとき、クリスをつれて、かの人と会わせたのは、たんに悪意からきてるのかと思ってたんですが、逆だったところに、彼女の深いところにある愛情を感じました。
ビアードとコーネリアの恋物語はきっとうまくいくと思いたいけど、アップルの話というか、そこの裏があるだけに、どうなることやら。個人的にはそれ以上に、最後にシャーロックとクリスに視線を浴びせていたアディルが気になります。彼女は呼び寄せそうだなあ……。
恋のドレスと黄昏に見る夢
彼は、わたくしを妻にしたくない……のだろうか……?
アディルの瞳の奥に、ふっと、もうひとりの少女の姿が浮かんだ。
仕立て屋『薔薇色』の、ミス・クリスティン。
先日の園遊会で、シャーロックが、ミス・クリスティンをかばい、彼女の手をとって人の間を駆け抜けていく姿を、アディルは見たのだ。
シャーロックとミス・クリスティンが知り合いだったなんて、まるで思わなかった……。
仕立て屋と公爵家の御曹司の身分違いの恋を描いたお話の第十弾(短編入れると十一弾)。今回は、シャーロックを振り向かせようとする美しき令嬢アディルが、薔薇色ではなく夜想にドレスを頼んで……というお話です。
ああ、もう、もどかしい!クリスが耐え忍ぶじゃないですけど、思いだけあればそれで十分と思い込もうとするあたり、なんとも切ないものがあります。まあ、ここで自分の気持ちを言えるような子なら、苦労はないわけだけど。
一方のシャーロックは、まったくもって、格好つけなところがあって、自分から連絡しなかったくせに、クリスから連絡来ないことに拗ねるんだから、まったくもう。ま、この距離感がとてもいいんですけどね。
この二人が出会ったきっかけでもあり、すれ違うきっかけにもなった「闇のドレス」は、なんとなく見えてくるものがありましたが、まだ全部見えてきたわけではないので、なんとも言えないもどかしさがあります。いったいクリスはどこまで……と気になるばかり。
過去と母のことを、シャーロックにも、そしてパメラにも言えないが故に、だんだんと危うい雰囲気を見せ始めていたクリスの思いがやるせない。いっそ、さっさと言ってしまえばいいのに。
まあ、そう思えるのは、パメラやシャーロックの心情が見えているからこそ、なんでしょうけど、あのとき、現実から逃げようとしたクリスに対して、きっちりと目を向けさせ、そして自分という存在がいることを告げたパメラは、とても素敵でした。ああ、本当に彼女には、幸せになってもらいたいと思うんだけど……。イアンとはどうなるのか気になるところ。
それにしても、クリスにとって母という存在は、大きいんだなあと改めて思うお話でした。信じたいと思う気持ちが、どの方面に走っていくのか気になるばかり。間違ったほうには行かないと思うんだけど、思いたいんだけど……クリスにしろ、アディルにしろ、もちろん、シャーロックにしろ、恋を胸に秘めた人たちは、激しいからなあ。
それでも最後に、お互いが自分の思いを自覚して、本当に抱きしめ合ったところは、よかったと思いました。
このままではいかないとわかっているけれど、それでも、この時だけは幸せでいてほしいと、願いたくなります。
窓の向こうは夏の色
サラは、年下に見えなかった。少女だが、ひょっとしたら社交界デビュー間近な時期なのだろうか?それにしても手紙を渡してやったのは俺だというのに……。
「……ふたりっきりでか?ビアード」
「もちろんだ。気になるんだな?シャーリー」
仕立て屋と公爵家の御曹司の身分違いの恋を描いたシリーズの十二冊目の物語は、四編からなる短編集です。
- 誰からも後ろ指を刺されないようにと世話を焼く叔母と姪の確執を描く「ドレッシング・ルームの高い窓」
- 男爵令嬢ファニーと探偵ケネスのじれったい恋の出来事を描く「希望という名の猫」
- シャーロック十四歳。寄宿学校で生活しているとき、気になる女性が……?「窓の向こうは夏の色」
- 「恋のドレスと秘密の鏡」(→感想)のモアティエ公の暗き過去を描いた「幸福な淑女」
クリスとシャーロック分は足りませんが(さらにいうならパメラ分が足りなすぎ!)、それ以外の人たちの物語でも十分魅せてくれます。
いつもどおりのドレスを通じて、当事者たちのお話を描いていくのは、「ドレッシング・ルームの高い窓」ぐらいですね。主となる人が当初思っていた人ではなくて、あれ?と思ったけど、こういう大人の女の人の心が見えるお話もいいですね。
叔母と姪の確執がなくなっていく展開もさることながら、若き日をもう一度じゃないけど、年齢を重ねたからといって、魅力は決して衰えないんだなと思わせてくれる最後の描写がよかったです。手助けをしたクリスに拍手。
個人的に一番好きなお話は、「希望という名の猫」かな。身分違いの恋をしていると、特に自分のほうが低い身分だと、相手のことを信じていても、引け目を感じることってあるんでしょうね。男爵令嬢のファニーが隠し事をしていることを知り、いろいろ迷い、嫉妬するケネスの様子が面白い。まあ、なんかのろけを聞かされてる気がしましたけどね!
ラストのイラストがとても素敵で、うっとり。
ちなみにこのお話では、シャーロックがいろいろやらかしてくれました。クリスの指にはまっていた刺繍の指貫を指輪と勘違いして焦ったところが、すっごいおかしかった。うふ。
シャーロックの学生時代を描いた「窓の向こうは夏の色」は……、なんていうか、こういう生徒が下級生でいたら、こらしめてやりたいと思ってしまいそうな僕がいました。だって、シャーリーってば、小生意気な優等生なんだもん(つまりは今と変わらぬ態度のままなのだ)。
礼拝堂で見かけた女性、上級生の妹、パブの歌い手さんなど、いろいろな女性と出会い、ちょっと期待しちゃったりするシャーロックの心のうちにニヤニヤしてしまう。そりゃ男の子だもんね!
でも、最後には、なんだか女って面倒くさい、みたいな感じになってしまうところが、まったくもってシャーロックなんだから。
最後の「幸福な淑女」は、社交界の闇……とまではいかないけど、身分というものが生んだほろ苦い結婚話ですね。それなりの容姿があるのに、社交界に出ても注目されず、でも友人は常に男の人に囲まれている。嫉妬や焦りを見せながら、ついに掴んだ上流階級の人との結婚という夢が、さらに彼女を孤独にしていく。そんな展開が切なかったです。
卑屈な考え方が、友人をも遠ざけていくあたりがやるせないですね。
さてさて、次は本編に戻るようですが、シリアス話よりも愛ある話になるとか。クリスとシャーロック話はもとより、パメラのほうもいろいろやってくれたら嬉しいですが、どうなるんでしょう。楽しみに待っていたいと思います。
恋のドレスと約束の手紙
燃えていく愛の言葉を見つめながら、シャーロックはクリスを想った。
ふたり以外は誰も知らない。なんのうしろだても、約束もない。気持ちだけの恋人。
大きな風を吹き込むのは、まだ早い。
壊れないように、消えないように。ていねいに。
小さな炎を守るように、守らなければならない。消したくない。
仕立て屋と公爵家の御曹司の身分違いの恋を描いたお話の第十一弾(短編入れると十三弾)。今回は「薔薇色」にドレスを注文していった男の手引きで知り合った女優シリルに振り回されていくうちに、クリスが闇のドレスに近づいていって……というお話です。
ああ、もどかしい!前回あそこまで近づいたのに、どうしてもう一歩踏み出さないかなあ!
と文句をつけながら、ふたりの関係に目を話すことができない僕がいる。両思いであることがわかって、初めての手紙のやり取りとか、とても微笑ましくて、パメラじゃなくても、二人の恋を温かく見守りたい気持ちになってくるんですが、順調に進めば進むほど、不安を感じるから困ります。手紙のやり取りや、短時間のデートを重ねる度に、相手への思いが募っていくところとか、これ以上なく伝わってくるから……結婚は難しく、でも愛人という形はとりたくないというシャーロックの気持ちはわからんでもないけど、いい加減、何らかの形を決めないと辛くなりそうな気がする。
とまあ、二人の甘いのに切なくも感じるやり取りを見つつ、闇のドレス方面も動きが見えてくるんですが、うーん、ギルレイやコルベールが何を考えているのかよくわからないので、何とも言えない展開でした。ドレスを作らせようとしてるように思えるけど、そのわりには中途半端な気もするし……。このあたりはいずれ見えてくるかもしれませんが、それよりクリス、せめてシャーロックには打ち明けようよ。闇のドレスという問題があるから言い難いのはわかるけど、母親を想う気持ちを伝えれば、シャーロックだってわかってくれると想うんだけどなあ。
おかげでまた相手を逃し、自分も深く傷ついてしまうんですから、まったくもう。
まあ、個人的には一番情けないと思うのは、シャーロックですけど。
最後、落ち込んでたクリスから、なんで目を離すかなあ。せめて、愛する人のぬくもりを感じることができたら、また違った結末を迎えられただろうに。
近づきそうになったら離れてしまうを繰り返す二人ですが、そろそろ過去や未来と向き合う機会がないと、先へ進めないようなような気がします。クリスから言うか、それともシャーロックから言うかわかりませんが、ふたりで道を探してくれるとうれしいですね。
恋のドレスと舞踏会の青
「わたしのしあわせ?」
ジャレッドは茶目っ気たっぷりの笑顔になった。
「そうですよ、クリス。あててみましょうか。あなたのしあわせはね、シャーロックがしあわせになることでしょう。違いますか?」
仕立人クリスと公爵家の御曹司シャーロックの身分違いの恋を描いたお話の第十二弾(短編入れると十四弾)。今回は、もう一度シャーロックを振り向かせようとする伯爵令嬢のアディルが、オルソープ伯爵家の舞踏会で新たにドレスをリンダに依頼し、その舞踏会に「薔薇色」のクリストパメラが舞踏会に招待されて……というお話。
シャーロックの余裕のなさが何とも言えない乙女心をかもし出してますね。仕事だとわかっていながらも、男と一緒にいるクリスに対して、独占欲を見せるところに彼の思いを感じますが、クリスからしたら、シャーロックしか見てないから、なぜそこまで?みたいなものがあり、窮屈だよなあ。そこで相手の余裕のなさをわかってあげられるほど、クリスも経験豊富じゃないので、ちょっとハラハラしながら読んでました。
それにしても、今回のアディルは可哀想だったなあ。シャーロックを振り向かせるために、表には出さないけれど、心の奥底では燃え上がるものがあって。神頼みじゃないですけど、危険だと思いながらも、リンダのドレスに拘りを持ってしまうところに、彼女の思いを感じます。
でもね、舞踏会でシャーロックと踊ったとき、彼女が温かさを感じた彼の手を包む手袋は、クリスが作ったもので……。事情を知っていると、温かさが余計に切なかったです。。
シャーロックの想いが仕立人にあると知りながら、それでも一抹の想いを胸に動き、改めて恋に破れたことを知って。それでも、気丈な姿を見せたアディルの誇り高い姿は非常に印象的でした。あそこで、シャーロックの妹と語ることができないことは、果たしてアディルにとって良かったことなのかどうか……。難しいものですね。
と、なんかアディル話ばかり書いてしまいましたが、シャーロックだっていいところはありましたよ。始めて舞踏会に参加したパメラをリードする姿は、何この恰好よさ!と惚れそうになりました。ヘタれなのはクリスのことだけなのかと思った次第。
クリスにちょっかいを出し始めてるジャレドの言葉どおり、シャーロックの立場からでは、せいいっぱいがどのくらいかってのが見えてきて、何ともやるせないものがありましたけど、それでも最後に舞踏会を抜け出したふたりが、月夜の中、ダンスをしたとき、今までちょっとチグハグになっていたふたりの距離が一気に縮まってきたのを感じられて、すごい良かったです。
好きという想いを抱きながら、一歩ひいた感じでシャーロックと対峙していたクリスが、あの口づけで目覚めちゃったかもなあ。ああ、この二人の思いは、いったいどうなっていくんだろう。続きがとても楽しみです。
恋のドレスと宵の明け星
「恋っていうのは、とても勝手なものね、パメラ。簡単なことで傷ついてしまうし、いつのまにか人を傷つけてしまうんだわ」
「その分、強くなれるわよ」
「強くなりすぎるのも、怖いと思うわ。好きな人のためだって思ったら、どんなことでも平気になってしまうもの。いやなことでも」
仕立人クリスと公爵家の御曹司シャーロックの身分違いの恋を描いたお話の第十五弾。今回は、シャーロックへの思いが深くなりすぎたクリスが、ドレスを作れなくなって……というお話です。
ああ、恋する乙女だなあ。思いが伝わったら伝わったで、今度は手にしたものが離れてしまうかもしれないことが怖くなって、つい考え込んでしまうんですから。恋のドレスなんて作れないといいながら、もし自分が着たら……と思った経験は、今後のドレスづくりにも活かされるのかしら?
まあ、その前に恋をしてしまったが故にドレスが作れなくなるってのは、母親と同じ道を歩んでいるようで、チクっと胸が痛くなるけど。
シャーリーと会えないことでクリスが弱ってるところに、さりげなく入り込んできたのはジャレッドですが、傷つけることはなくとも、差し伸べた手の先が……というか、雇い主がわかったらわかったで、不安がよぎってきますね。普通に考えたら、ねぇ?
何を考えているのかわからないけど、ちょっぴり温かさを感じることもあって、うーん、大丈夫かなあ。
ともあれ、悩み揺れながらも、ドレスを作っていくことで、強さを取り戻していくあたりは、クリスらしいですね。
恋は恐ろしいと思いながら、それでも惹かれる心を抑えきれず、結果として身分違いを目の当たりにしたことで、傷ついてしまいましたが、初めてといってもいいわがままを伝えることができたのは、彼女にとっては良かったことだと思います。抑え込むだけが思いじゃないよね。鈍いシャーリーには、このぐらい言ってあげた方が、ちょうどいいと思います。しっかり支えてあげてほしいものだ。
さて、ふたりの様子はともかく、イヴリンとユベールの様子が気になりますね……何をやろうとしているんでしょうか。
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