オイレンシュピーゲル / 冲方丁
オイレンシュピーゲル 壱 Black & Red & White
オーストリアの首都であるミリオポリスでは、凶悪犯罪やテロが多発しているをうけ、肉体に障害のある児童に機会の体を与え、治安の維持にあたらせた。通称特甲を手にしたMPB遊撃小隊の「ケルベロス」の小隊長を勤める突撃手涼月と狙撃手の陽炎、遊撃手の夕霧は、今日も副長に叱責されながら、第一種警戒待機をして……
黒犬、紅犬、白犬のコードネームを持つ、ケルベロス隊が遭遇する凶悪犯罪との戦いを描いた物語ですが、ものすごくハードボイルドな雰囲気を感じるのは、「マルドゥック・ヴェロシティ」を髣髴させる特徴ある文体のせいでしょうか。
突っ走る涼月、冷静な陽炎、天真爛漫な夕霧と、三者三様の物語にはどれも心を惹かれますが、最も印象的だったのは、夕霧の物語かな。
常に優しく、子供のように明るく、見ている人を和ませる姿は、他の二人の心の支えにもなっていると思いますが、そんな彼女がこれほどの闇を抱えていたとは思いませんでした。あの過去の話には、胸が苦しくなりますが、最後の彼女の祈りの言葉には、とても救われる気持ちになりました。
涼月、陽炎、夕霧の三人それぞれにスポットがあたる三つの物語でしたが、それぞれが背負った心の闇は、かなり辛いものがあります。でも、犯罪がはびこるようなくだらない世界で、トラウマを抱えているにも関わらず、それでも前を向いていけるのは、仲間がいるからなんですよね。同じような境遇でありながら、まるで別の人生を歩んできた者同士、頼りすぎず、でも信頼する三人の関係がとても良いです。
これだけの物語でありながら、まだ三人の顔見せ程度でしかないんですよね。裏には何かしら動き回っているものがあり、それに気づき始めた警察組織があり、という感じで、何が起きるのかワクワクさせられます。次にどんな物語を持ってきてくれるのか楽しみですね。
この物語を気に入った人は、富士見ファンタジアから同時発売されている同じ世界観の物語「スプライトシュピーゲル」もぜひ。
オイレンシュピーゲル 弐 FRAGILE!!/壊れもの注意!!
人口二千五百万人の超巨大国際都市ミリオポリスに、人工衛星が落下してきた。しかも武装した集団が、落下した人工衛星から、何らかの荷を運搬しているという。その荷はなんと原子炉。核を発動して、ミリオポリスを壊滅させようとするテログループが、七つも集まり、この事件を収集させるべくケルベロス遊撃小隊は、出撃したが……
墜落した原子炉衛星から持ち出された核を追って、テログループと街を守るMBPが街を駆け巡るお話ですが、これはすごい!圧倒的な迫力と、キリキリ舞いさせられるサスペンスにやられました。いやあ、いいですね。マルドゥック・ヴェロシティにしびれた人だったら、間違いなくしびれると思います。
今回は多くのテログループを相手にすることもあって、ケルベロス隊の三人がそれぞれ特徴を生かした部隊に配属されるんですが、普段とは勝手の違う部隊での戦いに、時に戸惑い、時に嫌悪し、それでいてプロとして絆を感じさせるところが印象的でした。
それにしても、テロの残酷さをまざまざと感じさせてくれますね。無関係の人を巻き込んでいくところには、涼月でなくとも怒りを感じてしまいます。陽炎もまたショックな出来事に遭遇して、かなり心が弱っていましたよね。理不尽なことがあっても、考えていたら、動けなくなる。前線に立つものの厳しさには、辛いものがありましたね。
個人的に印象に残っているのは、涼月が最後のテログループと遭遇したときの話です。都市を守る。反発しながら、同じ目的のために動くもの同士、手を取り合った人たちが、理不尽な攻撃に身をさらされる場面といったら、もう……。生きるもののために、守るべきもののために、戦い抜いた人たちの生き様には、胸が張り裂けそうになりました。
追い詰めながら、追い詰められて。そんなときに助けてくれるのが仲間だったときの嬉しさは、読んでる僕まで涙が出そうになりましたよ。仲間がいるからこそ、自分の力を存分に発揮できるんだと実感していくところは、ほんと良くかったですね。
もうひとつ嬉しかったところは「スプライトシュピーゲル」側の三人のMSSと協力する場面がちらちら見えるところですね。ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダという音に歓喜させれましたよ。直接言葉を交すシーンはないんですが、都市を守るために、共に助け合いながら戦う姿が、素晴らしかったです。
これはMSS視点からの物語も読みたいなあと思っていたら、どうやら次に出る「スプライトシュピーゲル」で描かれるっぽい。ああ、これはとても楽しみです。
追記: スプライトシュピーゲル側であるMMS視点のお話はこちらで。
オイレンシュピーゲル 参 Blue Murder
仕事帰りのちょっとした自由時間に、涼月は吹雪の体に起きた異常を目の当たりにした。脳に埋め込まれたチップを通じて、持ち主を生存させたままハッキングがされ、持ち主が死ねば兵器として、稼動する。死せずとも高負荷に脳が耐え切れるかどうか。人殺しの現場に出ることのない彼が、なぜこんな目に?
吹雪を元に戻すために、MBPのケルベロスは、捜査を始めたが……
黒犬、紅犬、白犬のコードネームを持つ、ミリオポリスの治安維持部隊MPB遊撃小隊に所属するケルベルス隊の三人の少女が遭遇する事件を描いた物語の第三弾。涼月と吹雪の幼いころの関係と複雑な思いが見える「Like Blue Murder」、陽炎の部屋にあった見覚えのないぬいぐるみを追ううちに、大きな事件に巻き込まれる「Scarlet Ob-La-Da」、バイオリン弾きの男の子が気になる夕霧が、とある真実と出会う「Holy Week Rainbow」の三篇からなる短編……というよりは、連作短編という感じでしたね。
それぞれの内面を深く見せながら、「初出撃時」というキーワードがずっと付きまとってて、特甲児童についての核に触れるようなことがチラチラでてくるから、いったい「初出撃時」に何があったのかと興味津々。
涼月と吹雪については、まさか、ああいった過去があるとは思いませんでした。涼月が持つ嫉妬は、もちろん、羨ましいという気持ちもあったんだろうけれど、それ以上に、吹雪が眩しかったんじゃないかしら。
パイポに込められた思いに、グッときます。
今のところ、姉弟みたいな感じにも思えなくないけど、吹雪は全力で涼月を気にしてるし、今回の事件と停電デーのときの話とかで、涼月もだいぶ意識するようになったみたいだし、微笑みながら眺めてたいものがありますね。素直になれない涼月なので、進展は難しいかもしれないけど、きっかけがあれば一気にいけるぞ、がんばれ吹雪と応援したくなる。
一番面白かったのは、陽炎の話ですね。個人的に好きだってのもあるけど、ミハエル中隊長と遭遇したときの、表では澄ましながら、内面で焦りまくる乙女心全開なところは、笑いまくり。
かと思えば、必要とあらば色仕掛けをしてポイ捨てする非常さも見せられましたが、コレと決めた存在については、守り抜く姿は、クールな外見とは裏腹に、もっとも熱いものを感じます。伊達に紅がトレードマークじゃないですね。
思い出せない初出撃時の出来事の一端が見えたところに、思わずホロリ。
三編目は、夕霧の物語というよりは、その前の二編で見えてきた初出撃時の謎が、一気に見えてきたお話でしたね。まさか、スプライトシュピーゲル側の鳳の顔の傷が……だったとは思わなかったです。「スプライトシュピーゲル」との関連が、一番多かったですね。今回先にあちらの三巻を見てたので、ニヤリとさせられるものがありました。
夕霧という不安定な存在のおかげで、不安を掻き立てられることこの上なかったですが、ひとまず仲間の元へ戻ってきてくれたのでよかったーとホッと一息。とはいえ、例の人が野放し状態になってるので、都市の危険度は、全然変わってないですよね。むしろ余計に?と思わなくもないです。
こうなると、次あたりまたMSSとの連携があったりするのかしら。例の事実に気づいてしまったこともあるので、ちょっと不安ではありますが、それぞれに大切な仲間がいる以上、きっと乗り越えてくれるでしょう。大いに楽しみです。
オイレンシュピーゲル 肆 Wag The Dog
「行けッ!!あたしが正気なうちに行けッ!!」
叫びを上げて突っ走る涼月 ― 握り締めた拳 ― 固く、 固く ― 自分が持ちえた、ありったけの何かを、その両手に握りながら、もうとっくに許可されていたその回線を開いた。
≪脅威の増大により高度兵装が許可されました。戦時状況下での行動を承認。戦闘員のアクセス権限を拡大。バランサーを解除します ― ≫
さあ、握れ ― 絶対に手放さないように ― 決して失わないように ― 心を握り続けろ。
≪特甲レベル3の転送を開始します≫
凶悪犯罪やテロが多発しているオーストリアの首都であるミリオポリスで、特甲を手に治安の維持にあたる、黒犬、紅犬、白犬のコードネームを持つMPB遊撃小隊の活躍を描く物語の第四弾。今回は、ハイジャック事件と前代未聞の亡命事件でごった返してたウィーン国際空港に、二つのテロリストが集い……というお話。
スプライトシュピーゲルの「テンペスト」(→ 感想)で、MSSの小隊長である鳳が、MPBの黒犬たる涼月と連絡を取り合ったときに、とんでもない事件に巻き込まれてることはわかってましたが、いやあ、すごかった。「テンペスト」に負けず劣らずのジェットコースターノベルですよ。既に事件の裏側については、知ってるところも多いのに(証人とか)、だからこそ、同じところに向かって、突き進む物語に集中できたのかもしれません。
面白いことに、「テンペスト」では、鳳の側にハロルドというアドバイザ的な存在がいましたが、涼月にもパトリックという存在がいるんですよね。ハイジャック犯と共闘とは、思い切った判断するなあと思いましたが、いやはや、この男も頼りになります。はじめは、警戒していた涼月が、少しずつ心開いていく様子とかいいですね。
何といっても面白かったのは、鳳とのやり取りです。「テンペスト」を読んでるんだから、電話がかかってくることはわかっているのに、それでも、かかってきたときには、大興奮ですよ。つっかかりあいながら、実は「あたくし」に劣等感を抱き、それでも困難を乗り越えていくうちに、共に都市を守るものとしての信頼みたいなのを感じていく姿が、すっごいよかった。
あと、MSSはどちらかといえばチームとしてのお話なんですが、MBP側は、ひとりひとりが、結構独立してて、それがまた魅力のひとつでもあります。夕霧の不思議空間の中に見える、悲しみや心の痛みなども心に残りますが、それ以上に陽炎に襲い掛かる出来事が印象に残ります。
普段はクールなのに、ミハエル中隊長への秘めた思いを抱えるところには、ニヤリとさせられるものがあったりしますが、MBPとして市民を守ることについてのプライドの高さと忍耐強さがすごかった。決して強いわけではないのは、レベル3を呼び出してしまったことからもわかりますが、その彼女が耐え抜いた姿に、心震えるものがありました。あのときのミハエルの言葉は、彼女にとって大きな支えになったろうなあ。
そして迎えるMSSとの共闘。どうなるのかわかっているにもかかわらず、涼月の心のうちが見えることで、また別の思いが感じられて、楽しい楽しい。陽炎にしても、真っ向勝負な涼月以外の指揮に入って、連携のすばらしさを知ったみたいですし、この経験が、MBPもMSSも成長させてくれるんでしょうね。
MSSとの信頼関係が見える最後のビデオレターがとても素敵でした。
あー、面白かった!最高!
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