ではなぜ、娘は隔離されなければいけないんでしょうか。叔母が、すがるようにそう尋ねる。
「彼女の幻影がわれわれの社会に被害を与えないことが確認できた場合のみ、彼女はまた皆様と生活でいるでしょう。そうでない場合は……」
女医の視線が、一瞬揺らぐ。
「彼女は二度と、ここに戻ってくることはありません」
個人の抱く幻想が現実を侵食し、時に世界に影響を及ぼす幻想症候群にまつわる四編からなるお話です。
- 空を飛びたいという願いを、共に適えようとする少年と少女とクラゲの夏「遥か遠くの夏」
- 映画館から抜け出せなくなった少年と少女が体験するホラー「無限回帰エンドロール」
- 自分の命と世界を天秤にかけることになった少年と、彼の幼馴染の少女の逃避行「夏休みの終わり」
- 幻想症候群が覆いつくした世界で、創作者の言葉を忠実に守ろうとするロボットの千年「一〇〇〇年の森」
発症したら、半年で亡くなるという設定からして、楽しいお話にならないことはわかってるんですが、それでも、限られた時を生きていく人たちの思いが、心に響いてきます。
個人的に一番好きなお話は「遥か遠くの夏」かな。幻想症候群が発症した従妹と会うのがつらく、目をそむけ続けていたときに出会った少女もまた幻想症候群だったけれど、空を飛びたいというひたむきな少女の姿を見て、前を向いていく少年の姿がよかったです。
世界に影響を与える幻想症候群には、差し伸べられる手はないけれど、それを解き放つようなラストの飛び立つシーンに感動しました。ああ、素敵だ。
この作品の中では異色だった「無限回帰エンドロール」は、オチまでやられて、死を恐れながらも、愛しい彼女を失いたくないという少年の矛盾した気持ちが描かれる「夏休みの終わり」は、ひと夏の経験といった切なくも暖かいものを感じて。
最後のお話は、他のお話のその後がチラチラと見えて、ちょっと嬉しくもあり、じわじわと喪失感が大きくなっていくところが、苦しくもあり。そんな中、最後に見せられた奇跡がほんとよかったです。
幻想症候群に関わった人たちの物語の、とある一部分を切り出した一編一編という感じを受けましたが、透明感あふれる温かさに包まれる読後感が良かったです。
幻想症候群 (一迅社文庫 に 2-1)
西村 悠
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