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[中田永一] 百瀬、こっちを向いて。

つまり宮崎瞬という男は、神林徹子とつきあっていながら、他にも恋人がいるのではないか?
世間に流れた憶測は真実だった。
「そこでノボルにたのみがある」
宮崎先輩の話を、すぐに理解できないでいると、先輩の横にいた女子が口をひらいた。
「ようするに、私とあんたが恋人どうしという演技をして、神林先輩のうたがいをそらすってわけ。かんたんでしょう?私の名前は百瀬。百瀬陽。よろしく」
いまだかつて女子としたしくなった経験のない僕にとって、それは荷の重すぎる作戦だった。

I LOVE YOU」「LOVE or LIKE」という恋愛アンソロジー本で一読惚れした中田永一の作品が、ついに恋愛小説集としてまとまってくれましたよ。
百瀬、こっちを向いて。」「なみうちぎわ」「キャベツ畑に彼の声」「小梅が通る」という四編が収録されているんですが、いやあ、すばらしい!

どのお話も、ちょっと切なくて、ちょっと温かくて、女の子も男の子も魅力たっぷり。距離が近くなったところで、終わりを迎えたりするので、その後、どうなったのかはわからないんですが、きっと……と思える余韻があって、素敵な読後感です。ほんと素敵な恋物語だ。

どの話も絶品なんだけど、表題作「百瀬、こっちを向いて。」は、一番初めに読んだってこともあって、印象深いものがありますね。

高校内で一番の美人だという神林先輩と付き合っているのは、兄のような存在である近所に住んでいる宮崎先輩。尊敬できる人だけど、彼には、もうひとり付き合ってる女性・百瀬がいて……というところから、疑いの目で見始められた宮崎先輩が、彼女である神林の気をそらすために、冴えない男である語り手・相原に、百瀬と付き合う振りをしてほしいと頼む、というお話なんですが、ほんと胸がきゅんとしちゃうんですよねぇ。

女の子と話をすることに慣れてなくて、共通の話題といえば宮崎先輩の話しかなくて、でも、話してるうちに、だんだんと打ち解けてきて。嘘だとわかっているのに、惹かれてしまう男の子の思いが、とても切なくて、割り切っていると思っていた百瀬にも、複雑な思いが見えて。
苦しい思いが見えるから、恋とか関係なく遊んだ四人のダブルデート模様が、余計に楽しく、余計に寂しくなります。

最後に見えた花言葉に、思わず息を飲んでしまいますが、ラストの一言を読んだとき、相原君がこのとき、この関係で、百瀬と出会えたのは、ほんと良かったと思いました。

なみうちぎわ」は、溺れた子供を助けたら自分が溺れてしまい、目が覚めたら五年の月日が経っていて、という女子高生から二十歳へと時を移した女性と、小学生から高校生へと成長した助けられた男の子の恋を描いたお話で、ちょっとした残酷さもあり、それ以上に真摯な思いを感じますし、「キャベツ畑に彼の声」は、テープ起こしのバイトで、覆面作家のインタビューを聞いていたら、自分の高校の先生の声とそっくりで、というところから、恋が始まるんですが、冒頭の出来事があったからもやもやしてたんだけど、婚約指輪をしていた女性の会話にやられました。素敵なトリックをありがとうという感じです。

そしてラストの「小梅が通る」。これ最高。
数年間女優をしていたという母から、端麗な容姿を引き継いだ春日井柚木は、他人の視線を集めることや、中学時代に親友との間に生まれた傷から、高校へ入るとき、地味な化粧と地味な服装をして、クラスでも目立たぬよう息を潜めて生活していたのに、ある日、軽薄なクラスメイト山本寛太に素顔を見られて……というお話。

あまりにも印象が違いすぎたので、素顔の柚木を山本は妹だと思ってしまうんですが、美人の妹に会いたいという山本に対して、テストで高得点とったらね、と無理な注文を突きつけたら、意外にもまじめに勉強しだして、質問してくる彼に付き合っていくうちに……という展開が素敵なんだ。
軽薄に見えたけど、実はそうではなくて、でもちょっと考えは浅いよなあと思えるところも、痘痕もエクボじゃないけど、好ましく思えてくるから不思議です。

彼だけでなく、地味グループな女の子たちも、ちょっと変だけど、いっぱい温かくて。彼女たちがいたから、柚木も素直になれたんですよね。あの最後の場面は、ほんとニヤニヤ笑いが止まらなくて、ああ、甘酸っぱい!
思わず、もう一度、高校生をやりたくなるような、そんな素敵な青春恋愛物語でした。
全力でオススメ。

百瀬、こっちを向いて。 - 中田 永一

百瀬、こっちを向いて。
中田 永一

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