あのとき奥様は二十二になったばかりで、私は八歳下の十四歳だった。あれからわたしたちはずいぶん、恋時間を一緒に過ごした。
米寿を超えたタキさんが、女中奉公をしていた昭和の初めのころの思い出を綴った物語。第143回直木賞受賞作。
女中奉公というと、大変なイメージがあったりしますが、そんな風に思われたくないというタキさんの言葉はまさにそのとおりで、いくつかの家で住み込み女中となり、終の棲家としようと心に決めた平井家での生活は、なんと素敵なものか。田舎から出てきた自分に多くのことを教えてくれた美しく可愛らしい奥様、幼い頃から面倒を見てきたお坊ちゃん、無理なことは言わず信頼を寄せてくれた旦那様との暮らしは、社会の好景気も相まって、本当に幸せだったんだなあと、そういう思いが伝わってきます。
そんな家庭に忍び寄った一番大きな影は、やはり戦争でした。華々しい戦果が伝えられるわりに、贅沢が禁止され、食料難になることを、男達が疑問に思わないのは不思議に思いました。学が無くとも、このあたり家事を切り盛りするタキさんのほうが、よほど冷静に事象を見られていたような気がします。それでも節約料理や「気は心」なご近所づきあいで切り盛りするタキさんは、生き生きとしているように思えました。奥様と一緒にいられることが、彼女にとって大きな幸せだったんだろうなあ。
ところが戦争だけでなく、奥様に恋愛の影が差してきて。この密かな恋愛事件は……奥様の気持ちが分かってしまうからやるせなくなる。女中としてどう動くべきか迷うタキさんのもどかしさは、想像するに難くないですが、それでも彼女は奥様を守ろうとした、その思いが印象的でした。
物語は、タキさんの手記で進みますが、最後にこの手記を読んだ甥一家の息子が、手記に登場した人物を追う姿が少しだけ描かれるんですが、ここで彼の大叔母(タキさん)が最後まで後悔していた事実が明らかになるシーンで、衝撃を覚えました。え、これがなぜここに?と。
驚かされ、そしてああ、これも恋だったのかと、腑に落ちて、胸がきゅんとなりました。
小さいおうち
中島 京子
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