「では、お前は祈るがいい。あの信徒たちは今、お前などが知らぬ耐えがたい苦痛を味わっているのだ。昨日から。さっきも。今、この時も。なぜ彼らがあそこまで苦しまねばならぬのか。それなのにお前は何もしてやれぬ。神も何もせぬではないか」
江戸時代。基督教が弾圧される日本にやってきた、若きポルトガル司祭の苦悩を描く物語。
これは重く、怖い。
迫害されている信徒がいる、前任の司祭が棄教したという噂を聞いて、熱意を持った司祭がポルトガルから、日本へと密航して、基督の教えを広めようとするところから物語が始まるんですが、たどり着いた日本での出来事が、じわじわと司祭の心を蝕んでいくからすごい。
小さな村で、細々と、でも続いている信仰に対して、司祭としての役割を果たすことは、とても困難であり、だからこそ実ったときの達成感は、変えがたいものであったのに……密告が村の人の疑心を生み、やがてやってくる役人たちによる「踏み絵」が重かった。形だけだからという言葉は、もしかしたら本心であったかもしれない。でも、信仰を持つものにとっては……
従わぬものに対しての罰はあまりにも残酷でした。殉教というには、あまりにも惨めな死がそこにあった。
神を信じる司祭が、村の人に対して踏んでもいいと思わず言ってしまいそうになるほどの出来事を経て、やがて彼自身も囚われの身となったわけですが、むしろ囚われてからのほうが平和な静謐が訪れたりするから皮肉としか言いようがない。
でも、本当に辛いのはここからだったと思う。棄教を迫る井上筑後守によって、じわりじわりと、肉体的ではなく精神的に追い詰められていく様がきつい。予想していても、目の当たりにしたら隠せないショッキングな出来事があり、あれほど神を祈っていた人が、その存在に対して、なぜ?と考えるようになってしまうところが恐ろしかった。
またこの時代の宗教観も興味深かったなあ。井上の語る日本という国の事情というか風習というか、そういったものに基督教はなじまないという考え方と、この地で二十年という時をかけて教えを説いてきたからこそ、日本では基督教を受け付けぬ何かがあると、転んだ司祭が呟いた言葉が印象に残っています。同じものを見ているようで、見ていないというのは……ショックだろうなあ。
自分の弱さを見せつけられて、それでも神は沈黙していたように思えましたが、その沈黙の中に、自分なりの答えを見つけることができたのは救いだったと思いたい。
ページ数はそれほどでもないのに、ごっそり持っていかれ、いろんなことを考えさせられるお話でした。すごいな。
沈黙 (新潮文庫)
遠藤 周作
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