ぼくは綾瀬が乗ってきたスクーターは、ガス欠で止まったままだった。歩いて帰ろうと奴を促したとき、綾瀬がぽつりと言った ― でかい月だな。見上げたとき、あまりの大きさに、あまりの美しさに声が出なくなったとき、ぼくは綾瀬に蹴られて、崖から落ちた。
気がつけば、そこは病院のベットの上で、僕の右足はグチャグチャになっていて……
自分を突き落とした友人と会えなくなり、好きなバスケができなくなった幸彦が、悶々と退屈な日々を過ごしているうちに、人々の様子が変わってきて……という青春物語ですね。一部にファンタジーなところがありますが、これは良かったなあ。
一生ものの怪我をしたのは、自分なのに、周囲の大人やクラスメイトたちが、友人である綾瀬を罵るさまを見て、庇いたくなる幸彦の気持ちがわかります。理不尽なことは、たしかに怒る気持ちの理由の一つかもしれませんが、友人が自分を突き落とした理由がわからない場合、むしろ戸惑いますよね。
そんな戸惑いが、徐々に怒りに変わっていくのは、とてもわかるなあ。目立たなかった自分の黒さが、周囲が薄くなってきたことで、目に見えてくるというのは、隠れていたものを暴かれたときのような気持ちになるでしょう。外側から見たら、なんで?と思うような理不尽さがあるかもしれないけれど。
友人に限りませんが、他人への気持ちって、好きなところとか嫌いなところとか、相反するような気持ちが入り混じってるんですよね。口に出して伝えるのが難しい複雑な感情の見せ方がうまいです。
ストーリィもさることながら、登場人物たちがものすごく魅力的なんだよなあ。
周囲の人たちに微妙な距離を感じていた幸彦に対して、ふとしたことから話しかけてきた中川が、すんごい魅力的です。捉えどころがない感じなのに、スッと心に響く言葉を投げかけてくれるんですから。
「理由はどうあれ君は夜にひとりでびしょ濡れで、だったらぼくは君の夜に付き合うのみさ。他に何ができるっていうんだ。ぼくには太陽なんて作れやしないんだ」
こんなこと言ってくれる人がいたら、文句なしに惚れるよ!(自分が女性だったらの話)
居心地がいいから、幸彦としてもつい寄りかかってしまうんだろうけれど、相手も幸彦の距離感が良かったんだろうなあ。この二人のやり取りは、ほんと良かったです。
シュートの話の感動は、ちょっと忘れられないなあ。
もうひとり印象的なのは、決して片目の眼帯をはずさないという、かごめですね。教室内では一切口を利かないのに、しゃべりだすと罵倒の嵐というのは、何ともツンデレなんですが、たぶん、それも自分を守るための手段なんだろうなあ。
いつの間にか強烈に挽かれていく幸彦の気持ちに、思わずにやりとさせられます。
町中が優しさに包まれていくというファンタジーな出来事が起こっていく中、楽に「眠る」ことができない幸彦には、心苦しいものがありましたが、あそこで安易に眠らず、相手を見つめ、話すことができたからこそ、あの月が輝いて見れたんだろうなあ。
ラストはもうちょっと書いてほしかったかなと思わなくもなかったけど、あのぐらいの物足りなさのほうがちょうどいいのかもしれない。
個人的には、中川、かごめあたりとの話をもっと中心にもってきてくれたらと思わなくもないですが、鬱屈したものになりそうな話をさらりと読ませるところは良かったですね。
うん、これは個人的に注目していきたい作家になるかも。次作も読んでみようっと。
オススメな第19回小説すばる新人賞受賞作。
でかい月だな
水森 サトリ
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