いいのか?死ぬぞ?
私は自身に問うた。
それでも……
私はそれでも…………
私は、私は、それでも…………
この、釣糸を、あの美しい瞳に…………差し入れる事を、欲していたのだ。
日常と隣り合わせにある幻想を覗いてしまった人たちの末路を描いた短編集は、以下の五編が収録されています。
- 鏡に写る世界から「魚」を釣ることに魅了された男が、鏡から瞳に釣り場を移して……「罪科釣人奇譚」
- いじめからリストカットを繰り返すようになった少年が望んだ事。それは刃と共にあること……「薄刃奇譚」
- 人は死ぬと蟲となる。その蟲が見えてしまった少年の身に起こるべくして起こった悲劇「魂蟲奇譚」
- 親友を桜にさらわれた少女が桜の怒りを買ってしまった「桜下奇譚」
- 人と別の世界を覗きながら、みなの幸せを願う魔女を描く「現魔女奇譚」
僕の場合、得体のしれないものよりも人の心の方が怖いと感じるため、こういった幻想的なお話で怖さを感じることはないんですが、そんな中、ゾワゾワさせられたのは、「薄刃奇譚」でした。
いじめられ、耐えられないという思いと、気づいて欲しいという思いから始まった衝動は、さらなるいじめを呼びこむようになって、変わらぬ現実に絶望した時、少年の願いがかなうわけですが……単なる復讐ではなく、カッターナイフの刃が彼の心を見せているようで、痛々しく恐ろしかった。肉を切り裂く刃の描写は、アレですよね。
個人的に好きなお話は「桜下奇譚」です。
幼い頃、親友が桜の花びらの下に沈んだことから、桜へのトラウマを抱えることになった少女が、その桜の怒りを買ってしまったことから始まる物語。これは結末がいいんですよね。人をさらう桜と、桜への怒りと、親友のことと。
自らに降りかかる火の粉を払いながら、それでも「あちら」のことを忘れられない少女は、今後も桜を見る度に思い出すんだろうなと思うと、切なくも怖くなる。いつか捕らわれたりしないかしらとかドキドキだ。
あとがきによると、この作品は単行本「夜魔」を文庫化したものだそうです。ただ、書下ろしを含めて出版するために、電撃文庫とMW文庫で分冊することになったそうですが。
「怪談性の強いものをMW文庫に、幻想性の強いものを電撃文庫に」とのことなので、あちらはまた違う感じの内容になるんでしょうね。読んでみるのが楽しみです。
夜魔―奇 (電撃文庫)
甲田 学人
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